大阪大学 経営企画オフィス URA部門

大学のこれからを考える

Policy Seminar

科学技術政策とはなにか

2013年3月26日(火) 公開
開催日時
  • 第1回科学技術政策セミナー
  • 2013年3月19日(10:00-12:00)
  • 大阪大学銀杏会館3階 大会議室
  • 開催概要

    今回、みなさんのお手元に配布した資料 は、国立国会図書館において、2010、2011年度にかけて科学技術政策に関する基盤的な議論を行った中で、私が「科学技術政策とは何か」「研究開発におけるファンディングと評価-総論-」としてまとめたものです。あえて一般的な科学技術政策の紹介とは異なる様式で、議論をするための共通枠組みを提供することを狙ってまとめました。それを紹介するには時間がありませんので、本日はいくつかのポイントに絞って話します。

    Shinichi Kobayashi
    小林信一

    筑波大学研究センター 教授

    プロフィール:1986年筑波大学社会工学研究科(博士課程)単位取得退学ののち、東工大助手、電気通信大学助教授などを経て現職。2000年から3年間、文科省科学技術政策研究所第2研究グループ総括主任研究官を併任。これまで、科学技術・学術審議会臨時委員ほかを務めた。OECDのWorking Party on Research Institutions and Human Resourcesに参加。専門は、科学技術政策、高等教育政策、科学技術論など。

    共通サービスを整備するための間接経費

    2000年代初めのころまでは、大学の教員が科学技術振興機構(以下、JST)などのプロジェクトを実施する場合、大学で研究するのではなく、大学の外にJSTの研究事務所を置いて、そこで研究する形にして、それを支える事務参事と技術参事が置かれていました。彼らが今日のリサーチ・アドミニストレーター(URA)に相当するような業務をしていたのですが、当時はファンディング機関側がそれを担っていたわけです。それが、国立大学が法人化したので研究委託契約の契約主体になれるということで、事務参事、技術参事は廃止して、研究費(委託費)と間接経費を大学に出すことで大学側に責任を持ってプロジェクトの遂行と管理をしてもらう形になりました。このことからもわかるように、「間接経費をつける」ということは、研究費を大学に出すだけでなく、ファンディング機関側で行っていた支援業務も大学側に任せ、研究管理業務を含む研究活動の全体を、責任をもって自立的に遂行してもらうということです。2003年頃から科研費を含む競争的資金の予算が拡大しました。その結果、間接経費も増えたので、大学側は、間接経費を使って、かつてファンディング機関側が担当していた研究支援体制に代わる研究支援体制を整備していかないと、全体としての辻褄が合わないわけですが、ほとんどの大学はそれをしないままでした。ところが、2009年をピークとしてそのあと急速に競争的資金が縮小したのです。このことが、URAが必要になった大きな契機です。

    2009年から競争的資金が縮小している理由は、当時の行政刷新会議による事業仕分けにあります。当事者であった様々な人の話を聞いたところでは、事業仕分けで各種の競争的資金も大幅な削減を求められましたが、それをどのように実現するかというので、文部科学省(以下、文科省)と大学関係者とが検討した結果、予算を削るときにまず間接経費を削り、それでも要求を満たせなければ直接経費を削るということになったようです。それにより、研究活動本体への影響を最小限にとどめたいということだったのでしょう。結局、2010年度から、以前は間接経費がついていた競争的資金の事業、とくに大型のプロジェクトに間接経費がつかなくなってしまいました。

    制度的には、競争的資金として位置づけられるためには間接経費を手当てすることが要件の一つになっています。間接経費をカットしたために、結果的に競争的資金の要件を満たせなくなる大型資金が多数出てきました。その結果、競争的資金の総額が突然減少に転じるという事態が生じました。競争的資金は減っているものの、行政上競争的資金には分類されない競争的な研究資金(例えば、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)、グローバルCOEプログラム)という奇妙な研究助成事業が残ったわけです。結局、大型プロジェクトが存在するのに、それを支援するための間接経費がないという状況が発生します。この段階になって、研究者はますます忙しくなり、研究支援の人材の必要性に気づくわけです。

    2011年度(平成23年度)から「リサーチ・アドミニストレーター(URA)を育成・確保するシステムの整備」事業がはじまりました。本来なら、間接経費の仕組みが始まった段階から、事務参事や技術参事が担っていた役割を大学側へ徐々に移行する必要があったのですが、それをしてこなかったことのつけをURAの導入で一気に返そうという構図です。さらに2013年度からは、大学の研究基盤を整備しようということで「研究大学強化促進事業」が始まる次第です。

    URAのシステム整備や「研究大学強化促進事業」といった施策は、大学には研究支援体制を構築するためのお金がないので政府がその資金を出してやろうという意味もあるのですが、このことは裏を返せば、「間接経費はもうやめる」というのと同じことです。10年ほど前の第二期科学技術基本計画で考えられたデザインは、競争的資金を増やして、それに伴って間接経費も増やし、間接経費で大学の研究活動を支援していくというものでした。この方針が放棄されつつあるように見えます。

    大学の経営にたずさわる方、そしてURAの皆さんに改めて考えていただきたい。間接経費とは何か、なぜ必要かということを。個々のプロジェクトではできないけれども共通サービスとしてならできるいろいろな支援活動があるわけです。大学全体としてあるいは複数のプロジェクトを通じて行うべき活動があります。例えば、アウトリーチ、産学連携、知財関係などもそうです。こういった活動というのは本来、間接経費で賄うことが想定されていたわけです。もちろん、直接経費でそういうことを行うことが認められている部分はあります。しかし、いざ実施しようとするとプロジェクトとプロジェクトの間で直接経費の合算利用ができないなどの壁があり、直接経費での代替には限界があります。

    今はまだ、共通サービス部分がないことに大きい問題は生じないかもしれませんが、「研究大学強化促進事業」も10年もすれば終わります。長期的には共通サービスがないとプロジェクトが終了した後には何も残らないことになります。知財関係の活動をしようとすると大学の持ち出しになってしまう。アウトリーチも難しい。何もかもが難しくなる。大学の研究活動にとっては非常に厳しい状況です。今だけでなく、将来的なことまで考えて研究支援体制を構築していかないといけない。これがURA導入の意義の1つです。

    イノベーションを担う人の役割

    もう一つ、最近の動きとして「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREM)」があります。このプログラムの説明資料には「死の谷」「ダーウィンの海」という概念が登場します。そして、谷と海の後に「革新的イノベーションの実現」という言葉が続きます。この「死の谷」という言葉はみなさん、たぶん聞いたことがあると思います。「ダーウィンの海」も半分くらいの方は耳にされたことがあるでしょう。しかし、「死の谷」「ダーウィンの海」とつなげて書いてしまっているというのはいかにもモノを知らない人の書き方です。すこし、元をたどって見ましょう。

    1989年にアメリカ合衆国下院科学委員会がまとめた"Unlocking Our Future: Toward a New National Science Policy "に初めて" The Valley of Death(死の谷)"という概念が出ました。これは、大学の研究には連邦政府の資金がたくさん入っていて、新しい基礎的なアイデアがたくさん出てきている。一方Applied Research & Innovation(彼らは、イノベーションを応用研究と捉えている訳ですが)も産業界にある。だが、基礎研究とイノベーションの両者をつなぐことができていないのではないかという問題設定です。つまり、いくら連邦政府が研究資金を出してもそれがうまく経済発展などにつながっていない。そこに谷がある。これが「死の谷」であり、ここに橋を掛けなくてはいけない、と当時議論されました(図参照)。

    死の谷

    ここには、「死の谷」しか出てきませんが、ハーバード大学のLewis M. Branscomb氏は「死の谷」というのはマイナスのイメージでだけではなく、プラスの面もある、この谷は実は「ダーウィンの海(=進化の海)」でもあるのだ、とNIST(National Institute of Standards and Technology)から出した報告書で書いています。谷(海)では新しいアイディアが進化論的に取捨選択されたり、あるいは更に進化していったりする。だから、砂漠のイメージではなくて、これは豊穣の海なのだ、進化の海なのだということです。最初に、Lewis M. Branscomb氏が言ったとき、「死の谷」と「ダーウィンの海」は同じものの別の側面を言っているのです。決して、「死の谷」の次に「ダーウィンの海」があるんだとは言っていない。ところが、なぜか日本では、経済産業省が初めてこの絵を使ったのですが、「死の谷」があって「ダーウィンの海」があって次にナントカの川があって...と、もとの概念とは異なる解釈、説明の仕方をしてしまいました。そして、文科省もそれをそのまま 真似てしまいました。

    以前から、基礎研究をやればいずれ新しい製品・サービスが生まれる、こういうイメージがあったのです。先ほどの「死の谷」というのは、基礎研究と新製品・サービスの間が難しくてギャップがあるので少し頑張ってイノベーションを創出しないといけない、あるいはイノベーション政策を頑張らないといけないという考え方です。最近はそれに対して、ディマンドサイド・イノベーションという言い方をしますが、ニーズの方から新しい技術ソースを探すとか問題解決するとか、そういう風な言い方になってきています。課題対応型、課題解決型と表現することもあります。

    私自身は、ここ6−7年くらい、大学でイノベーションについて講義をするときに使っているのは、アメリカの経済学者Paul Romer氏がインターネット上の経済学事典に一般の人を対象として書いたEconomic Growthの項目の説明です。とても面白かったので、少し言い換えている部分もありますが紹介したいと思います。すなわち、イノベーションをキッチン(台所)の比喩で説明すれば、イノベーションとは結局はレシピを作ることなのです。例えば、材料を作る人がいます。これは農家の人たちかもしれません。あるいは研究開発で言えば大学が作るいろいろな知識や材料かもしれません。一方、反対側に製品のようなものがあります。料理でいえば調理人がいて、ここでおいしい料理を作ってくれる訳です。そして、材料と調理を結びつけるのはレシピです。このレシピ次第で料理が変わってくる、というわけです。

    食材があり、作りたいものがなんとなくある。でもそれはカタチがあるかどうかもまだわからないけれど「こういう料理をつくりたい」「こういうお客さんが来たらこういうものを出したい」という思いはある。ではどうやって、どういう材料からどういう料理をつくるのか。できるだけ安い材料を使って付加価値をつけて美味しい料理をつくりたい。これを実現するにはレシピを考えないといけない。

    研究開発やイノベーションのことに置き換えると、大学や研究者が様々な知的な成果や、人的資源など「食材」を提供します。そして、社会の側で実際に生産活動やサービスの生産により「料理」に変換して提供します。この大学の側と社会の側をつなぐ間のところが「レシピ=イノベーション」です。新しいアイディア、ネットワーク、ビジネスモデルをうまく使って、材料と製品・サービスを結びつけるのがレシピです。そして、レシピを提案する典型がアントレプレナー(起業家)です。単にシーズプッシュではなく、ディマンドプルでもなくて、じつは「食材(研究)」と「料理(製品)」の両方を見ながらレシピを考える人、これが重要なのだということです。このレシピを作る人がイノベーション人材です。この部分をもっと重視しないといけないわけです。

    ポールルーマーのメタファ
    フロアとの意見交換

    参加者A:自民党の"衆議院選挙公約の中に「間接経費30%の復活」とありました。それを期待していたのですが、どうもそれとは異なる方向にいくのかなと今のお話をうかがって思いました。

    小林:自民党の公約に間接経費30%の復活とありましたが、それをするのであれば民主党時代に構想された「研究大学強化促進事業」は不要なはずです。研究大学強化促進事業を進め、更に間接経費が30%だと実質的に間接経費の二重払いになってしまいます。ですから結局は、間接経費がないままの形を残す方向に予算が組まれている。そう解釈しています。

    参加者B:文科省の政策が変わって大学がいろいろ影響を受けるにもかかわらず、大学からはなにも発信がなく、大学の制度や仕組みがほとんど世の中に理解されていないと思います。大学として結束して社会に訴えるという仕組みはなにかありませんか。

    小林:制度的にいうと国立大学協会があります。ただ、多様な大学が加入しているので、一緒になってもなかなか共通のメッセージを発信することができません。発信したところでほとんど効力がないという面もあります。研究大学に関して言うと、民主党政権の置き土産というと語弊があるかもしれませんが、RU11(学術研究懇親会)があります。ときどきアピールを出していますが、これもまた一枚 岩ではないし、意見の集約をするのは難しい状況です。最大の課題は大学の経営者だと思います。例えば、学校法人会計、国立大学法人会計についてわかっている人、行財政制度がわかる人、その上で研究開発のことがわかる人がほとんどいないのでは。これらがわからないと、きちんとした議論ができません。それらの制度的枠組みを全部踏まえた上で、システムとしてどのように運営するべきかについても理解している必要があります。日本の場合はまず各大学が個々の大学や大学全体を分析する能力を高めることが必要だと感じます。そうした基盤がないと説得力と実効性のある提案はできないでしょう。

    *「科学技術政策とは何か」:http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/document/2011/201003_02.pdf/「研究開発におけるファンディングと評価-総論-」:http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3487162_po_20110214.pdf?contentNo=1

    *Unlocking Our Future: Toward a New National Science Policy:http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/GPO-CPRT-105hprt105-b/pdf/GPO-CPRT-105hprt105-b.pdf

    *第46回衆議院総選挙を指す。2012年11月16日の衆議院解散に伴い、同年12月4日に公示、12月16日に施行。12月26日に野田内閣(民主党・国民新党連立政権)は、総辞職した。

    2017年2月10日(金) 更新(担当:福島 )