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日米の大学にみるアカデミック・ライティング支援の役割
~米国の大学のライティング・センターを調査しました(2014年4月)

文部科学省「研究大学強化促進事業」の一環として、大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室URAチームでは、英語による研究成果発信の支援方策を検討しています。参考情報収集のため、2014年4月14日~17日、筆者は米国の大学で実地調査を行いました。


筆者は、論文が英語で書かかれているかどうかだけがその論文の価値を判断する基準ではないと思っていますが、日本の大学の更なる国際化が叫ばれている昨今、英語を始め、外国語での研究成果発信はもはや避けては通れない課題と言えます。「我が国の論文数等の国際的シェア」が相対的に低下傾向にあること1は「研究大学強化促進事業」が始まる一因となりました。


論文数等の国際的なシェアを高めるための有効な手段の1つとして、外国語の中でもまずは英語での論文作成支援が挙げられます。英語教授法の研究経験を持つ筆者が思い付いたのは、米国のほとんどの大学でライティング・センターを通じて提供されているアカデミック・ライティング2の支援サービスです。ライティング・センターの機能や歴史等について、日本でもすでに専門書や論文等が出されていますので詳しい説明は割愛しますが、一言で言うと、チュータリング等を通して、学生のアカデミック・ライティングやクリティカルシンキングの知識・技能を高めることを目的とする大学機能の1つです。日本の大学においても、早稲田大学を始め、ライティング・センターが普及しつつあります。


しかしながら、ライティング・センター発祥地の米国においても、日本においても、ほとんどの大学ライティング・センターは学生向けのサービスと位置付けられています。今回の米国実地調査では、研究者向けのアカデミック・ライティング支援をも重視したセント・ジョーンズ大学、マサチューセッツ大学ボストン校、マサチューセッツ工科大学の3つの大学ライティング・センターを対象とし、見学やインタビューを行いました。紙幅の都合上、ここではセント・ジョーンズ大学の取り組み例のみを紹介します。


ニューヨークに本部を置くセント・ジョーンズ大学は、1870年に創設され、140年以上の歴史を有する名門私立大学です。ライティング支援に関して、ライティングに特化した独自のインスティテュート・フォー・ライティング・スタディが同大学にあることから、その本気さが伺えます。ここでは、ライティング・センターの一般的機能以外に、学部生向けのライティングコースや、教職員向けのカリキュラムを横断したライティングプログラムも提供しています。


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セント・ジョーンズ大学のインスティテュート・フォー・ライティング・スタディ



研究者が具体的に受けられるサポートとしては、論文作成過程における一般的な相談やワークショップはもちろん、ライティング教授法や研究方法等の指導も行われています。つまり、ここは研究支援機能とFD支援機能を同時に持ち合わせているのです。筆者が傍聴させてもらった「ファカルティ・ライティング・イニシアチブ」プログラムの研究会を例として説明しましょう。約90分の研究会に、全学各分野の教員や大学院生約25人が出席し、簡単な食事をしながら、とてもリラックスした雰囲気の中、「What Makes Getting Writing Done Difficult」をテーマに様々な議論が展開されました。3名のスピーカーによるプレゼンテーションの後、外国語としての英語ライティング勉強法等の大きな話題から、トーンの変化など細かいテクニックや各自のお勧めの本といった個別の話題まで、研究会全体に渡って盛り上がっていました。ベテラン教員と学生の立場の違い等は誰一人気にせず、ただ違う分野、違う背景のライターとしてお互いに刺激し合いながら解決法や次の問題点を見付け出しており、傍聴者の筆者から見ても、参考になるアイデアが絶えませんでした。通常このような研究会の約1ヶ月後、約6時間に及ぶファカルティ・ライティング・リトリートも開催されます。そこで、参加者全員が実際に論文を書きながら、意見やアドバイスを交換したり、次の研究会のテーマを相談するなど、ピアライティングに励むことができます。また、研究者向けのネットワーク上の電子情報を用いたライティング支援等も充実しています。


この事例は、私たちにどのような示唆を与えてくれるのでしょうか。例えば、世界に通用する論文を書くのに、研究室基準ではなく分野ごとの国際基準を目指すこと、典型的な日本式の考え方ではなく論文の構成にも響くクリティカルシンキングを身に着けること、故意ではないが剽窃や引用についての理解の違いによる意図しない研究不正を防ぐこと等、「英語」に限らず再認識しなければならない課題が少なからずあるということが分かります。研究者個人としてはその都度論文を英語校正に出せばいいかもしれませんが、こうした課題を意識せずに英語の文法や表現のみにとらわれていたら、自身の研究の更なる発展や後進の育成にはつながらないでしょう。一方で、教育、研究や日常職務の重圧を無視し、研究者に専門以外の英語アカデミック・ライティングについてもすべて自分で解決してくださいと難題を丸投げするのも無理のある話です。そこで我々大型教育研究プロジェクト支援室のURAは、米国の先進例を参考にしながら、基本の英文校正に留まらない論文作成支援の在り方や内容を検討しつつ、近々新しい支援サービスを始める予定です。


最後に知って頂きたいのは、寄付や大学の予算により安定的な運営が確保されているアメリカの大学ライティング・センターに対し、日本の数少ない大学ライティング・センターは、長期的に安定した運営が保証されていないプロジェクトタイプが多いということです。研究者向けアカデミック・ライティング支援の必要性や多様性がより多くの人に認められ、日本の事情に適した体制が一日でも早く整うことを切に願います。



(姚 馨/大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室 URAチーム))


[参考文献]
1 文部科学省「研究大学強化促進事業」
2 大阪大学 全学教育推進機構(2014)「阪大生のためのアカデミック・ライティング入門





大阪大学URAメールマガジンvol.7掲載記事)

2018年3月24日(土) 更新
ページ担当者:URA ヤウ